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May 29, 2005

五月歌舞伎

いや、襲名披露なんてどうせチケット手に入らないし…高いし。とかすっかり諦めていたら今年一番ありがたいお話が舞い込んでまいりました。たまたま親戚のうちで歌舞伎の話が出たので、知ってる知識総動員(と言うより知ったか)でいろいろお話したら、何とチケットが手に入ったので、とお誘いいただいたのです。うわーいいんだろうか?(汗) いやー言ってみるもんだわというより、底が浅いのがばれないか(大汗←いまさら何を)?仕事の方も一ヶ月の中では割と落ち着くじきだし、いやあラッキーだ(しみじみ)
夜の部 演目は「義経千本桜」「鷺娘」「研辰の討たれ」

「義経千本桜」
義経はいまや兄頼朝の怒りを買い、追われる身。最愛の静御前の護衛につけて逃がした忠信が戻ってきたと聞いて喜んで迎えるが、忠信は静など知らぬと怪訝な顔。信頼を裏切られて激怒する義経に、静が到着したと言う知らせが…喜びかついぶかしんで迎えると静はさっきまで忠信と一緒だったという。しかし、静が一緒にいた忠信はどこか挙動がおかしく、ことに頼朝が与えた初音の鼓を静が打つと離れていたところにいても忽然と姿を現すのだという。物の怪か?と察した義経は静に鼓を打たせると果たして忠信が。挙動がおかしい忠信を問い詰めると、実は狐の化身で、鼓の皮にされた両親を慕って静の側にいたのだとわかる。
* * *
歌舞伎の中でもかなり有名な演目ですが、今回初見。以前獅童さんのドキュメントで内容とさわりをやっていて観たかったんですよね。本物の忠信と実は狐が化けている偽の忠信を菊五郎さんが演じ分けるわけですが、武将の忠信から狐の忠信になった時点で、たたずまいががらっと軽くなるのです。言葉遣いを変える、と言うのは予備知識として知っていたのですが、何と言うか名将である忠信が身につけている威厳とか凄みとかそういうまとった雰囲気がすっと落ちる感じ。同行者は以前猿之助で見ているので、狐の動きももっと宙乗りとかがあって派手だったそうですが、個人的な好みとしては却って今回の大きなアクションとかを使わず、ほとんど芸だけであらわす方がすきだし、説得力があるかも。たとえとして良くないかもしれませんが、たとえば紅白の恒例の衣装対決、って結局派手な衣装にばかり気をとられて歌の中身は全然聞いていないじゃないですか。あれと同じで派手なアクションがあったらやっぱりストーリーよりそっちに気をとられそうな感じがするのね。今回はそれがない分、話に集中できました。最後の狐が親への思いを語る場面で本当にもらい泣きしちゃいましたよ。
義経と静に海老蔵と菊乃助。わざと演技を押さえ目にしているのかもしれないけれど、海老蔵はちょっと精彩に欠ける、と言うか元気がない感じ。それに比べてひさびさに見た菊之助が、びっくりするくらい綺麗でした。七月公演の十二夜で男女二役やるんだと思いますが、ぜひ観たいなあ。

「鷺娘」
玉三郎さんの代表作で鷺の化身の娘の苦しい恋を踊りに託した作品。
前にも書いたかもしれませんが、実はこの作品にはかなり思い入れがあって。テレビ中継でみたヴェネチア芸術祭に玉三郎が招待出演していてこれを踊ったんですよ。(しかし、今回調べたんだけど玉三郎がヴェネチア芸術祭に出た、と言う記録が探してもない…メトロポリタン オペラハウスの間違いか?)。で、演目自体も当時テレビで観ただけでとても鮮烈な印象が残ったのですが、それ以上に踊りが終わった後に一瞬の沈黙があってそのあとの割れるようなスタンディング オベーションに何だかとても感動したのでした。いや、当時日本の舞台芸術が海外で評価されるのってあまり観た覚えがなくて、あったとしても何だかきわもの的な扱いで何か観ているこちらと向こうがシンクロするような経験はこれが初めてだったので。たぶん、自分で初めてチケット買って歌舞伎行ったのも確かこれだったと思う。
引き抜きによる衣装の早替えもこの演目の大きな魅力のひとつ。ピンクの着物も華やかで可愛らしいのだけれど、やっぱり玉三郎さんは中間色ではなくてはっきりした強い色(白も黒も含む)が似合う人だなあ、と実感。深深と降る雪に溶けていきそうな、弱っていく鷺の姿。

「砥辰の討たれ」
野田秀樹脚本。砥ぎ屋からなりあがって武士になった砥辰は朋輩の武士たちが憧れをこめて語る赤穂浪士の義挙を馬鹿にし、剣術の稽古にも身を入れようとしない。家老に皆の前で恥をかかされたことを根に持って、大掛かりなお化けのからくり仕立てで一泡吹かせようとするが、家老は驚いたあまり脳卒中で死んでしまう。家老の息子二人に敵と付け狙われることになった砥ぎ辰は何とか逃げ延びていたが逗留していた宿屋に偶然息子たちが逗留する。砥ぎ辰のついた嘘から、息子二人を逆に砥ぎ辰の敵だと勘違いしていた宿屋の人たちは眼前での敵討ちに大興奮するが…。
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冒頭幕が開くといきなりスクリーン。しばらく影だけで移る道場の風景が、何だか涙ぐむほど美しく何だかコレだけで観た意味があった気がしました。まあ、当方時代物&殺陣&道場フェチ(←気持ち悪い)なので、あんまり一般的な意見ではないかもしれないけどね。さらに、研辰を追って兄弟が諸国を旅する場面での回り灯籠みたいなセットがとても美しかったです。あとはね、役者さんたちがとても楽しそうでした。特に三津五郎さんと福助さん、悪乗りしすぎだから(^^;)。三津五郎さんなんて死ぬ前のシーンなのに白髪頭で華麗なステップ踏んでるし(爆)。
後、中村志のぶさん、歌舞伎座では初見だったのですが前に見たのが萬斎さんとやったハムレットのオフィーリア。あの時の消え入りそうな感じと打って変わってやや蓮っ葉な芸者のお姉さん役が新鮮で可愛らしかったです。
本編の感想はって? うーん、私の場合共感できたり、つぼに入る登場人物や台詞があるとないとでは舞台への入り込み方が違うからなあ。もうちょっと砥辰がお調子者だけど、実は単なる小心者(なのかもしれないけど)の可愛げがあるやつならいいんだけど、どーしてもただのイヤなやつにしか思えないんだよねえ。で、他に出てくる人たちが(演じ方はともかく)根本的にいけ好かないヤツばかりで(苦笑)。まあ、それが現実味なのかもしれないですが、そういう現実を舞台に求めていないもので。あといかに現実味と言えど、ひとつ許せない台詞があって…兄弟二人が敵討ちのための行脚に疲れ果てて、世間にほめられるようなことをやってても胸の内は、と言うたとえで「末期癌の患者を殊勝に看病している家族が実は早く死んでくれないかなあと思うようなもの」というようなことをいうんですよね。同行の親戚が治ったとは言え数年前に手術していたことも近場で身内をなくしたこともあって、頭から水かけられたような気分でしたわ。けっこう高齢の方も多かったし、一時の現実から逃れるために来ている人だってたくさんいると思うんですよね。こういうことで笑いをとろうと思って欲しくないなあ。
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何はともあれ、演目のバランスも良く、目いっぱい楽しませていただきました。何より襲名の歌舞伎座はどことなくお祭りムードで、役者さんも観ている人も浮き浮きと楽しそうで、何だか心躍る雰囲気でした。いいな、と思ったのが襲名だからといって勘三郎一色の舞台ではなく、演目に他の出演者の十八番を組み入れ、配役もそれぞれの得意な役を振っていたこと。普通の襲名はどうなのかわかりませんし、こういう形がむしろ通例なのかもしれませんが、何だか今回はいい意味で和気藹々とした、華々しい雰囲気が舞台から溢れていました。
さて、行くとまた次行きたくなるんだよなあ。七月の十二夜はもともと好きな話だし、こういう試み好きだからぜひ観たいけど六月も観たくなっちゃったなあ…余裕ないけど。

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