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August 13, 2005

あんなに重い鉄の物体が

空に浮かんでいるなんて奇跡みたいなもんだよねえ…いまだに時々、しみじみとそんなことを思ったりする。いまだに飛行機に乗ると出来るだけ窓際の席に座って、下に広がる雲の波や光の海をわくわくと開かず眺める反面、揺れると「ここで死んだら」なんて考える。御巣鷹山の日航機事故から今日で20年。

最近いろいろなところで組まれている特集記事の中で、日航の社員の人の記事を読んだ。まだ若年社員だった頃、遺族を迎える最前列で頭を下げていたところ、はっと気がついたら床に倒れており歯が折れていた。怒りのやり場がない遺族に蹴られたらしい、という話。自分の親も乗っていたけれど、事故を出した会社に勤めており同僚の気持ちを考えると自分だけ被害者の顔は出来ず、遺族であることを隠し続けている、という話。当時かかわった人たちの多くが加害者の罪悪感を胸に抱いて生きている。

直接人を乗せる、というわけではないけれど航空業界に大きくかかわる仕事をしているので、やっぱり他人事でいちゃいけない、と言う思いがあり、読み終わって心に重く残る。そもそも会社に入ったときは「平和産業」と思っていたけれど、最近世界情勢が不穏なことや経済状況が悪いこともあって旅行先でのトラブルの危険性は大きくなっている。(まあ、旅慣れた人が増えた分で減っているところもあるけれど。) それでも、死に至る可能性はあんまりないけれど、飛行機はあの高度、あの大きさ、あの燃料だからね。私が仕事を始めるよりずっと前のことだけれど、向田邦子さんの事故や御巣鷹はずっと心の中にあり、そして2001年ついに一般の旅客機が凶器として使われるに至った。

飛行機の予約が取れず別の便に振り替えたりするときふと、「これ(振り替え先の便)が落ちたら間接的に殺人者だな、私」って思ったりする。忙しさに取り紛れて、気がつけばお客さんがとっくに帰国していたりもするけれど、それでも飛行機事故やトラブルの報が入るたび本当にどきどきする…もちろん、自分のお客さんが大丈夫だったらいい、という問題ではないのだけれど。御巣鷹だって、表面に出ては来なくても旅行会社や発券カウンターの担当者が売ってしまったチケットに心を痛めていたりしたはず。この時期、毎年毎年事件を回顧されるのは関わったひとたちにとって辛いことではあるだろう…でもやっぱり、それを観て毎年気を引き締める、自分の立場からの責任と安全を思いなおす瞬間がある、もちろん私だけではないと思う。

そんな日に、また福岡でトラブル。また飛行機に対する信頼感が落ちそうだけれど、それでも人の命が失われることがなくてよかった。
20年前御巣鷹山で命を落とされた全ての方々のご冥福をお祈りいたします。

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