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September 16, 2005

SHIROH@ゲキXシネ

余裕がなくて書きかけだった観劇版、第一弾。

ええ、っとまあ文句がないわけではないのですが、とりあえず舞台を観た人も別の角度から観られて満足、舞台を観られなかった人はそれなりに舞台の臨場感が味わえて満足、な出来ではないかと。

公式サイト及びDVD予告編はこちら

今回実のところ、一番不満だったのは殺陣だなあ。やっぱり殺陣の命って流れのきれいさとスピード感だと思うんですよね。さらにいうなれば殺気、と言うか迫力。キャラメルでも稽古中の事故とかありましたが、芝居と言えどもしかしたら斬られちゃうんじゃないか、と言う緊迫感が必要でしょ。(逃がすための斬りあいもありますが) それを、アップはまだしもスローはいかんですよ…流れぶったぎり。上川さんにしろ、橋本じゅんさんにしろ、いわゆる殺陣やアクションが本業の人たちを除けば、今の演劇界でもかなり殺陣が上手な人だと思うし、実際二階席で観ていてもかなりの迫力だったのに残念。細かい点で言えば、重ちゃん(笑)のダンスもそうなんですけどね。あれは、登場して上から降りてきて踊りきったところでああなるから可笑しかったので、アップとかいらんから引いた画像でフルで映して欲しかったよ。
後述しますが、映画にしたことで、舞台を観ていて観られないところを補えるところもあるので、その意味では本当にゲキXシネというのはいい試みだと思うのよ。ただ、逆に舞台が映画に絶対に勝っていること、それは「観ている人が好きなところを観れること」「好きなように見えること」なんだよね。主役の長台詞で、脇役の一人に注目してたっていいし、殺陣の最中に斬りあいにおびえる人をみていたっていい。座っている位置や、本人の見方によってどういうアングルにも観られると言うこと。その意味で、映画にしてしまうとどうしてもビジョンが限定されてしまうので、「うがーもう少し左」とか「あ、もうちょっと引いてみたいなあ」というところがいくつもありました。近い将来にネット配信かなんかで、好きな角度、好きなアングルから観られるとかいうのがでてきそうだけどね…キャラメルの加藤さんとか絶対やりそう。

ただし、逆に「映画だからできる」ということもあるわけで…何よりも登場人物の表情ですね。やっぱりイメージが変わった筆頭は大塚ちひろちゃん演じるリオでしょうか。舞台で見たときは、やはり遠かったこともあって霊的なイメージ(まあ、浮かんでいる感じが幽霊みたいだったってのもあるんだけど。)。話の中での役割も、神の使い、四郎のトラウマの形を借りつつも、天使に近い、人間の運命を動かすもっと霊的なもの、って言う印象だったのですが、ゲキ×シネだと表情がくっきりはっきり見える分、より人間に近い感じ。四郎に対して思慕を抱いていて、良かれと思って二人のシローを会わせるが、運命に流されていく二人を止められずにその表情は哀しみを増して行く。ただね、このリオの存在が神の意思を体現するのであるにしろ、ないにしろじゃあこの芝居において神はどういう意味を持つのか、と言うことは最後の最後まで観終わった後までずっと引きずる問題として残っていくんですね。だって島原の人たち、口之津の人たち、シローの仲間達を含め、別にこのシローたちとの出会いによって幸せになってないもの。まあ、一時的に安らぎと前向きな気持ちを得られたかもしれないけれど、結局彼らに出会っていなければ死ななくて済んだかもしれない人たちもいたかもしれない。あ、でも神の方を向いて死ねたことで来世での幸福が保証されるからいいのか?それが最後お福の「いいのよ、四郎」に通じるのか?そして、それはさらにお蜜のところで伊豆の守が口にした「死に場所云々」の話につながるのか?要はお蜜だけではなく、島原天草の民達も、ゼンザたちももしかして、リオもある意味二人の四郎たちによって死に場所を見つけたわけで、それによって死後の平安と意味のある生を手に入れた、と言う考え方も出来るわけですよね。最後みんなが起き上がっていくラストがそれを暗示している、と言うことなのかなあ、と。そう考えると寿庵の役回りはこの叙事詩を語る吟遊詩人の役で、彼女ひとりが残された使命もうなずけるような気がする。愛とは口にしていてもどうもお蜜とシローとの間に比べ、四郎と寿庵の間に引き合う心をそれほど感じることが出来なかった私としては、四郎が自分の命と引き換えに寿庵をこの世に残した理由が愛のためだった、と言うのがどうしてもしっくり来ないわけですよ。まあただの同士以上の心の共鳴はあるんだろうけど、どちらかというといろいろな意味をこめて「後を託した」と言うのがすんなり来てしまいます。

しかし、しみじみと思ったのが、この主役二人の下手ウマさ加減が絶妙だなあ、と。二人ともとても存在感はあるんだけど、中川くんは歌声はまさに天使ですが、やっぱり本業の役者じゃない感じ。一方上川氏は最初歌いだしたとき、何だか本当にどきどきしたもんなあ…いや、素敵で、と言うんじゃなくて危なっかしくて(笑)。わたしも含めて舞台を一緒に観に行った人の総評としては「思ったよりもずっと聞かせた」ですが、それでもやっぱりプロのミュージカル俳優、と言う感じではなく。でもね、この二人がどちらにせよ、唄も芝居も小器用な言う感じだったらこんな必死な芝居にならなかった気がするんですよね。恐らく、シローにせよ、四郎にせよ、決して巧く人生を時代を泳いでいった人たちではなかった。だからこその共鳴、だからこその悲劇。それを考えるとこの二人が主役であってこそ、この舞台が始まり、周りにミスキャストがいなかったからこそこの完成度になったような気がします。

ああ、もう一回大画面で見たかったなあ。横浜あたりで再上映やってくれないかしら。
今回本編と違うところで嬉しかったのは映画のチラシのコメントの中でいのうえさんが早いうちの再演を考えていることがわかったこと。ただ、ご本人もおっしゃっているように無駄なところは多いけど、この妙な熱気と勢いのあるSHIROHは今回だけの味わい。無駄を削除したからといっていい作品になるとは限らないのが舞台の面白いところでもあり、怖いところでもあり…主役二人とお蜜の姉妹は変えないで欲しいのだけど、逆に泉見くんのゼンザとか吉野さんのシゲマサとかはよかっただけに、今回だけの方がいいような気もしたりする。こればっかりは再演、あけてみないとわからないけどね。

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