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March 01, 2006

足跡を残すということ

キャラメルボックスの美術を担当されていたキヤマ晃ニさんが亡くなったことをキャラメルの加藤さんのブログで知りました。今回の「賢治島」の舞台の幕のデザインをされた後に入院され、そのまま帰らぬ人となられたそうです。

「SKIP」「賢治島(初演)」「ナツヤスミ語辞典」、そして「クロノス」…ほかの多くの作品においても、キヤマさんのセット好きだったなあ、と今さら思います。キャラメルの舞台はいわゆる暗転や大掛かりな場面転換がなく、一つのセットの中でストーリーが進行するから、一つの話の中で、そこは学校になったり、会社になったり、病院になったり…だからセットがひとつの場面だけを主張してはいけないのです。お芝居のどの場面をも受け入れる柔軟性を持っていながら、キヤマさんのセットはいつも役者さんたちと同じくらい、キャラメルの描く画の欠くことのできないワンピースでした。いつもみずみずしく、温かく、でも確かな存在感を主張し続けていた作品達。
お芝居が終わった後、その余韻にひたりながら舞台の近くまでセットを観にいったことが何度となくあります。
キヤマさんご本人のお人柄は今回加藤さんの文章ではじめて知り、もちろん写真でも文章でもお見かけしたことはなく、たとえ道ですれ違うことがあっても絶対にわからなかったと思います。ある意味知らない人なのに、まるでずっと知っていたような、その死を悲しく残念に思われてならない人。キヤマさんは亡くなってもキヤマさんの美術rで観ることができたお芝居の数々を思い出す中で、キヤマさんの足跡はその舞台を見た人の中に残り続けていくのだと思います。

そして、数日と立たないうちに今度は久世光彦さんの訃報が。連続ドラマを作っていたころの久世さんを私は知らないので、久世さんの印象はむしろ大好きな向田邦子さんの世界の語り部として、というのが大きいのですが。向田さんと共によく、失われ行く日本語の数々を憂えていた、という文章を読んだことがありますが、ご本人の文章も、お正月の向田邦子シリーズも、いつも一つ一つの言葉にこだわった美しい日本語が印象的でした。…自分自身、日本語の語彙の少なさをその時は反省したりする(汗)

何か、日記を書き始めてからだけでも随分いろいろな人の訃報に接して来た気がするなあ。同時代に生きていた、というだけで幸せなことなんだ、とも思うのだけど。

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