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August 16, 2006

8月15日

この日を終戦記念日、って言ってしまっていいのか?と心の一部で思う。戦争は終わっていない、今まさに進行中であることをテレビやネットのニュースが日々伝えているから。それでも目の前から戦争がなくなって61年経ってしまった国に、戦争が終わってから生まれた私にとって、やっぱり戦争の恐ろしさを本当に実感できているとは思えない…忘れてはいけない、考えなくてはいけない、と思ってはいるけれども。

小泉さんは戦争のさなかに産まれているから、靖国参拝にこだわるのは私たちにはわからない、別の理由があったりするのかも、とも思ったりする。終わった、とは言え戦争の傷跡が目に見える形以外でも残っていた時代を生きてきた人だから。というより、そうでも思わなければ理解できない気がする。お隣の国でも「意図的に」騒いでいる人たちもそりゃあいるだろうけれど、でもやっぱり「靖国」と聞いて忘れようにも忘れられない重い記憶や、自分は直接には知らなくても強く、生々しく語り継がれてきた痛みや怨みを呼び起こされてしまう人たちもいるわけで…哀悼の意や戦争に対する否定的な思いを表すにはいくらだって別のやり方があろうに…いやいやだからきっと何か個人的な理由が…とたぶん、あまり現実的ではない無限ループをしております。議論がぶつかり合う上では弱腰外交をする必要はないと思うけれど、議論がミートしないことがらについては、別に迂回してもいいんじゃ、って思ったりするんだよね。あ、論点違いますか?すみません。

昨年、訪れたスリランカが滅法いいところで、特に最後にちょっとだけ交流する機会のあった子供たちの可愛らしさは今も忘れられずにいる。今でも、スリランカに関わる言葉を聞くたびに懐かしく思い出していたのだけれど。
今、スリランカはずっとくすぶっていた火種が前面に出てきて、かなりの頻度で死者がでている。

『スリランカの少数派タミル人武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)は14日、スリランカ政府軍がLTTE支配地域にある孤児院を空爆し、少なくとも女子児童61人が死亡、150人以上が負傷したと発表した。』
大人同士がいろいろやりあうのは、ある意味その社会を共通に担っている責任、と思えなくもない。いざ自分がそれを負え、と言われる自信はないのだけれど、それでもそう思わなければいけないのかも、と思ったりはする。でも、これからあれもこれも可能性がある子供の前の道を、一瞬にして断ち切ってしまうのは許されない暴挙だ。
ましてや、政府がそれに加担するなら、あえて子供達に銃を向けるなら、そんな政府が信用できるだろうか。
津波の傷跡は痛々しかったけれど、空が広く、花と緑が鮮やかだった、道をのんびりと牛が歩いていた国。全てを回ったわけではないけれど、誰にも声を荒げられることなく、争いとは最も縁の遠そうな国からのあまりに痛ましいニュースに、ただただ呆然とする。

結局、世界的に見れば戦争が終わったことなどないのだ。平和に浸りきって、それを無意識に遠くの映画のように感じている私たちには、映画の中の話のように聞こえてしまったとしても。

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