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October 15, 2006

アンダーグラウンド @村上春樹

地下鉄サリン事件が起こったときはたまたまスキーに行っていた。ひたすら滑って帰ってお風呂に行って食事の前のひと時にテレビをつけたら、ちょうどニュースがやっていて、何だかとんでもないことが起こったんだ、ということはわかった。お昼だった気がするので、いったん旅館に帰ってきてたんだと思う。会社のスキー部だったこともあり、それぞれに家や会社に連絡入れたりして、大きな被害を出した駅の真上に支店がある後輩が「支店が臨時休業したんだって」と言っていたのを覚えている。それでも、何となくそんなことが日本で起こるなんて考えられない、っていう意識がどこかにあって現実感がとても希薄だった。そのあとしばらくしてオウムに一斉捜査が入って彼らの犯罪が次々に明るみに出たわけだけれど、何だかあまりに荒唐無稽で、テレビではオウムの特殊性ばかりが強調され、やっぱり本当のところではブラウン管や、報道の中の世界、という印象を超えられなかった。いや、超えていなかった、という自覚すらもなかったのだけれど。

結局テレビの報道も、新聞や雑誌の記事も多くはある仮説を立てたり、伝えようとしている「印象」が決まっていて、被害者や関係者の証言はその仮説を証明したり印象を裏付けたりの材料として使われるため、いわゆる枝葉の部分がカットされたり都合のいい部分だけが抜き出されたりする。だからどうしても現実感が乏しくなるところがあるんだよね。
「アンダーグラウンド」は地下鉄サリン事件において、程度を問わず被害にあった人(&一部は関係者)にインタビューし、事件の概要を路線ごとにまとめた章の冒頭にはさみながら、ひとり、ひとりの記事として配置している。事件に関係ないところから、つまりはまずその人がどういう人で、どういう仕事をして、どういう生活を送っているかから始まるので、自分や、友人、知人などと重なっていく。いつもと同じような朝、連休の中日の出勤日、ちょっと出社するのが憂鬱だったり、あるいは休みの前にたまった仕事を片付けようと思っていたり、大事な取引で気がせいていたり…そんな中、あの「事件」に遭遇する。何かね、改めて知ったんですが現場の一つが今使っている路線の今降りている駅近辺なんですよ。そんなこともあって、今更ながらにあ、これって自分や自分の周りの人間が巻き込まれた可能性もある事件なんだな、と本当に今更ながらに実感した次第。リアルなんですよね。たまたま早い電車に乗ったり、遅い電車に乗ったり、いつもと違う車両だったり、風の向きだったり、そんな一つ一つのほんのちょっとした違いが紙一重で明暗を分けてしまう。重かったのが、被害者の家族の方が「朝早く出ようとした彼女に、自分が送っていこうといった」事が引っ掛かっている、ということ。好意から出た言葉だったのに、結果的に事件に関わってしまった、ということで今でも彼の心の枷になっているのがわかる。そう考えるとこの事件の被害者、といえるのはあの電車に乗り合わせた人だけではないということ。

あれから日本人の町の安全に対する安心感が揺らぎだしたような気もする。そういえば、あの時仕事先の知り合いに言われたんだった。「こんな事件が起こってもう日本になんか怖くて来れない、って人もいるんじゃないですか?」という私の問いに「いや、やっと日本も普通の国になった、って思う人もいるんじゃないですか?」って(苦笑)
そういえば手記の中でも日本でまさか危険なことが起こるわけがない、という意識から対処が遅れたり、倒れる人々に奇異な印象を抱いたり、ということが複数の被害者によって語られている。治安がいいのも安全なのも当り前だった時代はもう、過去のものになっていくのかもしれない。

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