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December 08, 2006

Jリーグ最終節

出張から帰ってくるまで、選択肢は二つ。
両チームとも優勝争いに絡めなかったとは言え、鹿島ではVS磐田のクラシコ。2000年よりも前からの鹿サポであるなら、このカードはやはり特別。どちらかのチームが調子が悪い時期でも、このカードでは何かしらのドラマが生まれてきた。今でも鹿島の選手なら、特別に血が滾ってほしい対戦である。
そして、二位がかかるフロンターレは長居で降格がかかるセレッソと対戦。第二とは言え、長居って験が悪いのよねー。でもフロンターレはセレッソと不思議に相性がいいからね…長居トラウマ脱出できるかな(笑)。
迷いつつ、出張の前日くらいまでは正直、長居に傾いていた。今年思いがけず(失礼) これだけハラハラワクワクさせてくれたフロンターレ、リーグ戦の最後を見届けたい気持ちもあって。

出張から帰って来た翌日が最終節。私がいたのは長居でもカシマでもなく、敷島。
2002年から2003年にかけて、監督になった奥ちゃんを追いかけて毎週のようにザスパの試合を観に行っていた。今まで観ていたJリーグに比べ、あまりに違う環境。奥ちゃんもリーグ戦は試合に出ていたわけではなく、監督に専念していたので、もしも「奥ちゃんだけ」だったらどこかであそこまで通えないか、どこかで辛くなっていたかもしれない。実際、特に2002年は相馬くんがヴェルディ移籍中で、鹿島も含めて三チーム追いかけるのはかなり大変だったから。
草津の地元チーム、リエゾン草津を根っこに新たに船出したチームに集まった選手たちは元Jリーガーが多いとは言っても全然知っている選手はいなかったけれど、本当にサッカーが好きだと言う思いで慣れない仕事や環境に耐えていて、愛嬌がある‘イイ奴’ばかりだった。観ているこちらも何だか自称「PTA」みたいになってはらはらどきどきしながら見守り、削られた、と言っては怒り…いつしか奥ちゃんだけでなく選手たち一人ひとりに思い入れを持って観るようになった。
堺陽二選手はザスパの全身のリエゾンからの当時でも数少ない生え抜きの選手。DFの間から抜け出すスピードと、枠をとらえるゴール感覚が素晴らしく、特に初年度は数え切れない程陽二のゴールシーンを見せてもらった。
ピッチを離れれば腰が低く、子ども相手のサッカー教室などでは優しい笑顔を見せてくれた。初年度の選手たちは誰もみな思い出深いけど、私にとって両サイドのコバとテラ、そして陽二は中でも特別。JFLにあがる前にコバが去り、そして今年、陽二が戦力外通告。鹿島とのサテ戦で綺麗なゴールをきめていて、まだまだやれる、って思ってたのに…スタメンかも、という噂を聞いて最終節は敷島に決めた。

それでも出ないかも…と心配は幸い杞憂で、スタメン、しかもキャプテンマーク。ずっと一緒に歩いてきた植木監督の愛情を感じる。ここのところあまり試合に出ていなかったし、緊張している感じでチャンスには絡むものの、ゴールまであと一歩が足りない…。0-0だし、他にもチームを去る選手たちもいるから、早々に替えられたらどうしよう、と思ったけれど無事後半も出場。そして、後半37分、右サイドをきれいに抜け出した陽二がゴール前にクロス、こぼれたボールを高田ヤスが決めてくれた!残念ながらあとでチームはPKを取られて引き分けにはなったものの、自分が確実に歴史を作ってきたチームでの最後の試合で、Jリーグ初アシスト。(だよね?)
試合終了後、選手一人ひとりと抱き合い、多くのファンに囲まれて本当に愛されていたんだなあ、としみじみ。
鹿島の快勝も、フロンターレの二位の瞬間も観られなかったけれど、今回の選択はこれでよかったんだなあ、と思いましたよ。

これからどうするのかはわからないけど、もう少しサッカーを続けてくれたら嬉しいんだけどな。

Here we go! Sakai Yoji!
新しい出発が希望に満ちたものでありますように。

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